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今日では物流や人の流れに無くてはならない存在の高速道路ですが、阪神高速道路の歴史は1964年6月28日に1号環状線が開通をしました。

土佐堀〜湊町で一方通行でした。

1967年3月10日には1号環状線全線が開通しました。

その後11号池田線、12号守口線、13号東大阪線、14号松原線、15号堺線、17号西大阪線全線が開通しました。1974年2月20日には16号大阪港線が、同年7月15日には4号湾岸線、1985年8月10日には7号北神戸線が開通しました。

1989年には路線番号制が設けられ、標識の文字は見やすいが採用されました。5号湾岸線、2号淀川左岸線が開通したのです。

1995年1月17日、阪神淡路大震災により、3号神戸線、5号湾岸線などが被災しました。神戸線は大規模に被災して不通となりました。1996年9月30日に3号神戸線が全面復旧したのです。

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2003年8月26日には31号神戸山手線が開通しました。

そのご2005年には民営化され、阪神高速道路株式会社が発足しました。その後も8号京都線、6号大和川線が開通しました。

阪神高速道路は昭和39年の開通から平成26年で50周年を迎えました。

その歴史ある阪神高速道路は単なる交通網としてだけではなく、関西の暮らしと経済の発展を常に支え続けてきたのです。1号線の土佐堀〜湊町間の2、3Kmの開通から始まって、大阪、兵庫、そして現在は京都へとその交通のネットワークが広がってきました。

これからも現在している診断や調査により補修を行い、被害を未然に防ぐ努力をしているのです。

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